先日私は、
無料学習ツールとして秀逸な
「schoo」の中の1コマを受講し
非常に有意義な時間を過ごしまして。
普段から私は、
「人に頼まれて文章を書く」
事ばかりを考えていますが、
ここに、今まさにこのように、
思ったままをつらつらとかく方が
それはそれは 楽 なもんです。
では、
なぜにこれが 楽 だと感じるのか。
それは、文章 と 話し言葉 を
さほど意識せずに書いているから。
文章を難しく
考えて書こうとしているから、
だから逆に伝わりにくいんじゃない?
という話から入り、
「話すように書けば伝わりやすいやん!」
という、
なかば結論のようなものがテーマとして
話はスタートしました。
文語 と 口語 という言葉のように、
人はそれを「書く」か「話す」かで
文章を使い分けようとする。
だから書くことが難しい。
話はその場ですんなりと、
言葉をはき出しているでしょう。
だけどそれは相手にちゃんと
伝わっているよね。
だから、
「話すように書けばいいんだよ」という
当初は暴挙のようなテーマでしたが。
この真意は、
話が進んで行くうちに、
なるほど!になるのです。
話をする時。
その相手が目の前にいます。
その人の仕草や表情、
声のトーンや間を感じながら話が進む。
ただ、
ものを書いて伝える時は、
その相手の様子を感じるものはない。
受け取る相手の
表情や感情を先回りする。
だから、
業務連絡メールなんかだと、
失礼がないように、
内容がゆがんでつたわるのではないか、
読んだ後に不快な思いにならないかな…
こんなことをいろいろ考えて、
言い切らず
なんとなく
怒らせない
当たり障りない
ふんわりとした文章を
書こうとするから
伝わらないんです。
そして、
挨拶だらけでだらだら長くなる。
相手に一度に伝えようとするから、
内容がとっちらかる、
何が今回の要件かわからない。
伝えたいことはたくさんじゃなくて、
会話でも一つを伝えて
反応を見る。
よむ相手の気持ちになって
これじゃ読みづらいな
一気に喋りすぎだな
この言葉、理解してもらえるかな
この部分が一番の推しなんだけど。
が、分かってもらえるようにする為に、
緩急付けて 間をとって
一文を短く要点絞って
分かりやすい言葉で
この部分に共感してほしい思い
で、話すでしょう。
これをそのまま文で書けばいいじゃん。
という話。
要は、読む人にとって優しさがある文。
漢字がいっぱいで圧が強い
一文がすごく長い
→ すきまを持たせて短めに。
問いや要点が分かりづらい
→ なんなら箇条書きでもいいやん。
「どうでしょう」 だらけ
→ 「○○ですが更に××したら?」
(具体的な話は想像しやすい)
読む相手が分かりやすいと感じるために
語彙力が必要なわけではなく、
話し上手が書き上手でもなく、
どれだけポイントを
分かりやすく見やすく書くか。
これが大事だということ。
だから、話すように書けばいいんだよ。
という内容でした。
伝えることから派生して、
いろんな問いや意見もあったのですが、
その中で一つおもしろかった
「ヤバい」と「手紙文頭あいさつ」の件は、
また今度。
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