のぶみさん。
私は子供の幼少期に
この方の絵本を読み漁ることは
ありませんでしたが、
独特の切り口と、
経験を踏まえたストーリーに、
共感するママファンも多いという話は、
いろんなメディアで見聞きしていました。
ただ、ここでは
お母さんがどうあるべきとか
お母さんは無理をしているとか、
そんな個人的な意見は敢えて封印して
私が勝手に、思うように
この歌の歌詞を「文章」として考察します。
あくまでも個人的考察です。
長いです。
14回でてきます。「あたし おかあさんだから」
わたしこんなことするの→おかあさんだから
これが10回。
あとはサビの後にダメ押し2回×2番で4回。
繰り返しが呪文のようだという意見も
あるようですが、
まず、これは説明や解説文でなく歌詞です。
詩的表現も繰り返しもあります。
「書かれた文字をダイレクトに読む」
ではなく、
「この節を歌うときのママ」をイメージする
妄想力を働かせてみます。
そして、日本人が美徳とする(?)
・文章の比喩表現
・言い切らない!文(含み残しのあいまい文)
・結論は最後までおあずけ
を前提にして紐解かねばなりません。
昔はそう、こんな女性だった(にあこがれてた)。
今は短い爪も、早起きも、食べたいものも
いろいろ我慢しているわ。
だって、
「あたし おかあさんだから」
この時の繰り返し表現はおそらく、
昔と今の自分を比較。
こんな自分像を抱いていた。
主体はいつも「自分自身」。
それが、自分以外の存在のために
譲ったりアクションを起こしたり
結果、新幹線の名前覚えちゃったり。
あなたのことばかり考えちゃうのよね。
『→だってあなたが大切だから』
二番でお母さんが頑張っている様子を
具体的に連ねます。
おかあさんは
苦手な料理を頑張る
頑張っておこる
『→だってあなたが大切だから』
おいしいもの食べて育ってほしいし
悪いことをしたら厳しくもなる。
本当は好きなものを欲しいだけたべれば
こどもはよろこぶだろうし、
自由にはしゃぐこどもを制止せず
やりたいようにさせてあげたい。
だけど、
嫌いなものもうまく料理して食べさせたい。
ダメなものはダメだと叱る。
これがきっと将来のために必要なんだ。
だから頑張れるの。
『→だってあなたが大切だから』
ペルソナをどこに置いているか。
思うに「ちょっと我慢してるかな?と
いろんなシーンを振り返りつつ、
それでもわが子大好き!大切!なおかあさん」
かな。
出産前の自分と今の自分を比較して、
そういえばあんな頃もあったよね…と
ふとしたときに思い返して、
そういや自分のことなんて
二の次になってないか?わたし。
と、子供中心の生活を振り返る。
わたし、こどもが生まれて
こんなことしてきたんだな。
(独身時代には想像もしてなかったさ)
でも、以前は制約とおもえるようなことも
進んでやっちゃう、やらなきゃって思える。
かつての「完全自分(私)中心生活」が、
根底からゆらいでいる今の生活への変貌具合が
尋常ではないことを振り返りつつ、
その根底に何があるのかを
いつも、そして改めて自覚する。
「あたし おかあさんだから」
何度も自覚して、何度も思い知る。
だから繰り返す
「あたし おかあさんだから」。
それほど「自分=おかあさん」が
当たり前であり、普通に感じられるようになった。
で、結論。
「おかあさんになれてよかった」。
『→だってあなたが大切だから』。
↑この部分を敢えて言わない。
好きとか大切とか、あえて言ってない。
なぜか。
それがこのお母さんの大前提だから。
敢えていうまでもない。
そこは想像すればわかるでしょう。な部分。
この歌を聴いて泣いたお母さんは、
我慢している自分を憂うひとも
そうそう激しく同意!なひとも
改めてわが子愛しや!と思う人も、
いろんな思いの人がきっといて、
いろんな感情が湧いてくるでしょう。
いろんな我慢すら思わずしてしまう
やらなきゃと自分から思える。
だれかにやれって言われて
渋々するんなら不満もあろう。
~でも、やっちゃうんだよねぇ~
と、
笑顔で話しているおかあさんの絵が
私には思い浮かびます。
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