先日、
子どもが通う公文教室の
親面談がありまして。
どうやら
覚醒したようです。
我が子。
かの、松田聖子さんは、
英語の勉強を続けているうち
ある日突然に
わかった!
と感じる瞬間があったのだそう。
私も実は、
文章書きの苦行をしていた
高校生時分に、
あれ?
昨日よりなにか
ポイントがクリアに見える…
と感じた瞬間がありました。
例えば
初めて習ったことを
繰り返して演習したり、
毎日何気なく、
きにしていたことに対して
点と点が線でつながる感覚
とでもいいましょうか。
それまでの知識が
ふっとつながって
理解ができるようになるものです。
それは
単なる暗記ではなくて、
考え方や
思考の方向のような
繰り返しこそが
形づくる
学習と習得の成果
だと感じています。
昨日までわからなかったはずのものが、
ふと分かるようになる。
この繰り返しで
自分のもの になっていくんだと
思います。
ということは、差し詰め、
勉強とか
新たなものを手に入れること、とは
別次元のこの
覚醒 が起こるまでは、
知識を点で
貯めていく作業の途中の
必要な動作だと
いえるかな。
文章書きの究極として
ふりかえると、
やった分は
しっかりと、
目に見えなくても、
着実に
力になってる。
だから、
練習を無駄だと思わず、
できない事に恐怖ではなく、
毎日考えて
文字化するのが、
最もいい物書きの練習だと
そう思います。
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